2012年4月27日金曜日

ガラクタ捨てれば・・・

「ガラクタ捨てれば・・・」 東北のある方からいただいた注文の本です。 その方からメールが届きました。先ほど返信のメールを書きました。 震災でたくさんの蔵書を処分せざるを得なくなったとのこと、避難所暮らしも経験されたそうです。 そして今は、ゆっくり本を読める幸せを味わえるようになられたとのこと、・・・・ 私も10年間仙台で暮らした経験があるので、東日本の大震災は他人事ではありませんでした。実際に震災に会われた方々の苦労はいかばかりでしょうか。 人生には常に苦労や災難が隣り合わせです。そんな時、神仏を信じていたら、神仏を怨むかもしれません。「自分たちはこんなに熱心に信心してきたのに・・・どうしてこんな不幸に見舞われないといけないのか!」そんな風に思わざるを得ません。 しかし苦難には意味がある!これは当座はわかりませんが・・・後から良く見てみると必ず意味があるのです。 受難の歴史・・・人類には殉難の歴史が付きまとっています。イエスキリストはじめ宗教の開祖と言われるような人は必ず難儀な道を行っています。宗教を語る偽者はその逆ですが・・・・ 宗教家と言われるような人でなくても・・・・苦労の中から花開かせた人がどれほど数多くいることでしょうか。 「本」にはそんな歴史が詰まっています。 「良書」の基準は何か?もちろん実用書として良い本もあるでしょう。現実の生活に役立つ良い本です。 それとともに歴史の教訓、様々な思索の経験、人と人とが苦難や幸福の織り成す人生の、心の軌跡を描く数多くの書籍が満ち溢れています。 悪書もあります。ただ売れれれば良いと、奇をてらい、中味のない内容を羅列する。タイトルだけが人の気を奪い中身は読んでも何もないすっからかんと言うのもあります。「本」とさえ呼べないものもあります。 「ガラクタ捨てれば・・・」小さな文庫本です。結構売れているようです。小さな本でも、その価値が本当にわかる人が読めば万巻の書より価値がある。 そんな風に思います。

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